【佐々木拓真君(小山小3年)】城の研究で全国入選〜「上田城の鬼門除けと真田昌幸の作戦」

2020-03-28 07:00 am by 須坂新聞

お知らせ icon 第18回「城の自由研究コンテスト」で、小山小3年の佐々木拓真君のレポートが佳作に選ばれた。公益財団法人日本城郭協会が、全国の小中学生を対象に行うもので、今回は310点の応募があった。佐々木君は「上田城の鬼門除けと真田昌幸の作戦」と題し、上田城に設けられている隅欠(すみおとし)や、真田昌幸の人物像を調べ、写真や古地図などを使って厚紙16枚にまとめた。
 真田一族が大好きな佐々木君の誕生日に合わせて昨年5月、家族で上田市の真田幸村・武将隊ツアーに参加。信州上田おもてなし武将隊の案内で上田城や市内を見学した。そこで初めて隅欠を知り、もともと陰陽師に興味があったことから、研究を始めた。
 古くから災いは北東の方位(鬼門)の角から出入りすると考えられてきた。その鬼門の角を変形させるために切り込んだ部分が隅欠。上田城には、真田氏の頃からとされる本丸土塁の角、二の丸堀の角などに隅欠がある他、同じ北東位に樹木屋敷、寺社を配置した3種類、5つの鬼門除けがある。これほど多く設けてある城は珍しく、佐々木君は「昌幸は、上田城は合戦に強いだけじゃなく、災いからも守られているという安心感を領民に与えたかったのでは」と考えた。
 さらに、鬼門除けの寺社が海野郷から移ってきたことを不思議に思い、調査を継続。系譜などから昌幸の先祖はもともと小県の海野地方の名族だったことにたどりついた。
 また、主君を幾度も変え、表裏比興(ひょうりひきょう)の者といわれた昌幸の、生き残りをかけた武将人生をたどり「昌幸は城下町と人の信頼を作った」と結論づけた。
 研究は本やインターネットなどの他、上田市立博物館の館長から話を聞いたり、海禅寺副住職と交流するなど、人との出会いに恵まれた。またテレビ番組で上田城の堀の水が抜かれる好機もあり、後日、底が見える隅欠の写真撮影ができた。
 小学1年の頃、本で真田信繁(幸村)に興味を持ち、一度は恐竜に関心が向いたが、再び戦国時代に夢中。「いろんな性格の武将がいて、みんな違った作戦を練るからおもしろい。昌幸が徳川を2度も破ったと知って、もっと好きになった」と好奇心旺盛な瞳を輝かせた。
 「将来は上田城の近くで働いて、上田チャーハンを作る」。意外や料理人を目指すという。

2020-03-28 07:00 am by 須坂新聞 - 0 コメント



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